मेरा गन्तव्यहीन यात्राहरु

यतिका बर्ष बितिसकेछन मेरा कुनै लक्ष्य बिनानै । अब जीउनु पनि कति नै छ र बाँकि यस धर्तीमा ? अनि के नै पो गर्न सक्छु र मेरा बाँकि जिन्दगीमा? फगत जीउनु सिवाए । लक्ष्यहरु प्राप्तिको लागि जीन्दगीका दौरानमा अनेकौ हण्डर पनि खाइयो, तर अपसोच! गन्तब्यमा नपुग्दै मेरा ती सबै लक्ष्यहरु बीचबाटोमै चकनाचुर हुन्थे । हेरौं, यी मेरा बाँकि जीन्दगीमा लक्ष्य प्राप्ति हुनेछ या छैन? तरपनि गन्तव्यहीन यात्रामा लक्ष्य प्राप्तिको लागि मेरो हर प्रयास रहनेछ.....रहिरहनेछ

मेरा भावना...

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धन कमाउने ठूलो सपना देख्दै छु म विदेशमा
थाकेको यो ढाड घाममा सेक्दै छु म विदेशमा

उहाँ छँदा नाम्लो पनि नछोएका हातहरूले
सकी नसकी भारीहरू थेग्दै छु म विदेशमा

सक्दिनँ म हिँड्न पनि दुखिएका पैतालाले
ऐया ! आमा भन्दै भुइँ टेक्दै छु म विदेशमा

命を守ろう (जीवन बचाऊँ)






माफी माग्न चाहन्छु, नेपाली मित्रहरुसंग कि, यो लेख पोस्ट गर्नु परेकोमा मेरा केहि जापानी मित्रहरुको आग्रहमा यो लेख मेरो ब्लगमा राख्ने जमर्को गरेको छु
यो लेख मैले जापानमा भएको स्पीच कन्टेस्टमा भाग लिदाखेरिको लेख हो । यस लेख को मूल आशय आफुमात्र हैन सबै बाँच्नुपर्छ भन्ने हो

去年の8月にまた、私の国ネパールで200人以上の人が急にお腹を壊す病気で亡くなったことはまだ記憶に残っています。原因は、ただ、ワクチンが届くのが遅かったためでした。

しかし、私は本当の原因、以前から環境を大切にしないで、健康に気をつけてこなかったからだと思います。もし、命を守るために食べ物の衛生管理やごみの処理などをしっかり行っていれば食中毒でこういった大きな事件は起こらなかったのではないでしょうか?

さて、人生というものは一度しかありません。だから、生まれたからにはより長く、元気で幸せに生きていくために命を守らなければなりません。ただ楽しいからと言って、毎日お酒を飲んだり、たばこを吸ったり、さらに戦争みたいな怖い事をして人生を短くしてしまうと、人生の意味はありません。しかし、自分だけがいくら元気でいても周りの人々の命が失われていたら・・・それを「幸せ」と言えるのでしょうか?いいえ、私は自分だけではなく「皆の幸せ」を考えるのが本当の人生の幸せだと思います。

世界一の長寿国である日本は命を守るために多くの努力をしています。だからかもしれません、日本人はいくら年をとっても元気で若いように見えます。私の国ネパールでも日本のように健康に気をつけていれば、毎日大勢の人々の命は終わらないと思います。果たして、ネパール人の寿命はいつ日本と同じぐらいになるのでしょうか?
私は横浜の飲食店でアルバイトをしています。そこでは料理に使っている野菜、肉などの見た目がまだ大丈夫なのに捨てるようにしています。私はびっくりしました。どうしてまだ食べられるのに捨てるのだろう、捨てるより貧しい人にあげれば助かるのに、と思いました。現在、貧しい人たちは、食べ物がなく残飯もあさっているのに、日本では捨てているのはおかしいと思いました。お店の人に聞いたところ、見た目が良くても賞味期限が切れているのでお客様には出さないという事が分かりました。徹底した管理をしているのだと感じました。

私の国では、腐っていないと思えば普通に食べます。食べ物の衛生管理や賞味期限を日本のように気にしていません。ネパールの家庭では普段、冷蔵庫などはほとんど用意されていません。だから食べ物が早く悪くなり、貧しい人たちはそのまま食べているのです。その結果、急に病気になって、大勢の人々がなくなっているのです。
        
私たちの人生は命あっての物だねだと言うことがなぜ分らないのでしょうか?私は自分自身にも質問してしまいます。

「命を守る」、そのためには環境も守らなければなりません。なぜかというと、もし命だけあっても周りの環境が良くなければその命を守りきることはできないからです。もちろん、環境だけあっても命がなければ意味はありません。だから命と環境のことは一緒に考えなければならないのです。
 
 これができれば、私たちは新しい変化、発展に向かう未来を切り開いて行くことができるのではないでしょうか。今がその時なのだと思います。 

1 comments:

  1. Anonymous said...
     

    なるほど、たしかに衛生管理(これは食べ物の腐敗だけで無く、上下水道の整備やゴミの処理等も含めて)は寿命を伸ばす事だけで無くて人生の質の向上につながると思います。
    しかし、一方ではこの記事に書かれてある様に日本の衛生管理という名目で多くの食べ物や資源が無駄にされているのも事実です。この様な無駄を衛生にも配慮した上でいかに有効に利用するか、つまりもったいないと思えるか、こそが、記事の最後に書かれた命と環境について一緒に考えるって事になりそうですね

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